徒歩日本一周中に出会った「自転車で日本8周目」の男の衝撃

日本一周

徒歩日本一周の旅に出る前、「大学を卒業したら歩いて日本一周する」と知り合い全員に伝えた。

 

 

しっかりと宣言することで、自分自身が逃れられなくなる環境を作りたいと思っていたし、「俺はこれからとんでもないことをするんだ」というアピールもあったと思う。なぜなら若かったから。

 

 

周りの反応は、応援してくれる人もいたし、バカにしてくる人もいた。

 

 

それと同時に応援するわけでもなく、バカにするわけでもなく、「単純に理解できない」という人もいた。

 

 

そんな人たちにさんざん聞かれた質問があった。

 

 

「それ、意味あんの?」だ。

 

 

当時の自分としても徒歩で日本一周する意味を言語化できていないところも正直あった。

 

 

ただ、直感的に「絶対にやった方がいい」という気持ちが強かった。

 

 

すべての人に納得されなくてもいい。やりたいからやる。自分の勘を信じて行動する勇気の方が大事だと思った。

 

 

実際に旅に出ると、徒歩、自転車、バイク、車など、移動手段は違えど、自分以外にも日本一周している人達がたくさんいた。

 

 

同じ日本一周の旅に挑戦している彼らと出会えたことは、自分にとっても大きな励みとなった。

 

 

その中でも強烈にインパクトを残した男がいる。

 

 

「自転車で日本一周」だと思ったら「自転車で日本8周目」だった時の衝撃

旅が終わって20年以上の月日が流れているが、いまだにあの男の衝撃が忘れられない。

 

 

あれは、確か真夏に山道を歩いて下っていた時だった。

 

 

後ろから自転車に乗った男が、歩いている俺を追い抜いていった。

 

 

長旅をしていると、わざわざ話しかけなくても、パッと見ただけで「あ、この人も日本一周だな」と直感的に分かるようになってくる。

 

 

真っ黒に日焼けした体。

 

 

車しか通らないような山道を大きな荷物を載せた自転車で走っている。

 

 

すれ違いざま、男の後ろ姿を見ると自転車の後ろに大きな旗がくくりつけられていた。

 

 

これまでも「自転車で日本一周してます」などの旗や看板をつけている人を何度も見かけていた。

 

 

ところが、その男は違った。

 

 

旗を見ると、こう書いてあった。

 

 

「自転車で日本8周目」

 

 

さすがに「それ意味あんの?」と思ってしまった。

 

 

この俺がである。

 

 

旅に出る前、さんざん言われてきたこの俺がである。

 

 

徒歩日本一周している俺の理解を完全に超えている。

 

 

むしろ俺はかなりまともな方だったのかもしれない。

 

 

そもそも日本を一周する発想はあっても、2周目以降の発想はなかった。

 

 

日本8周目ということは、すでに7周完了している。日本一周の7倍。今8倍目。今後、まだまだ続く可能性がある。

 

 

俺が出会った旅人の中でぶっちぎりトップの衝撃だった。

 

 

旅が終わった後も「とにかくやべー奴がいた」という衝撃だけが残り続けた。

 

人生2回目と日本一周8周目は似ている

おそらく芸人を引退された島田紳助さんが発祥だと思うが、「人生2回目」という言葉を聞いた時、ふと思ったことがある。

 

 

「人生2回目」と「日本8周目」は似ているなと。

 

 

人生2回目は、まるで一度人生を経験済みのように落ち着いていて要領が良い人というイメージ。

 

 

日本8周目もこれに近い。いや、これ以上。すでに7回日本一周を経験している。

 

 

日本一周中に起きる困難をありとあらゆるパターンで経験済みで、何かトラブルが起きたとしても、「ああ、またこのパターンか」と落ち着いて処理できるようなイメージ。

 

 

徒歩日本一周をやり遂げた俺の個人的な考えとしては「完璧な人生が存在しないように、完璧な日本一周は存在しない」ということ。

 

 

旅を通して「あの時、もっとこうしておけば」など、いろいろな反省点はあるけれど、総合的には「よくやった方だな」というのが、自分の結論である。

 

 

なぜなら終わってから「たられば」言ってもキリがないから。

 

 

これが日本8周目となると、どうなるんだろう?

 

 

これまでの反省点を生かして、「たられば」をだいぶ少なくできるのでは?と思うと、旅の完成度が相当高くなるんじゃないか?と予想できる。

 

 

この境地に到達した人の日本一周となると、もはや神の領域だ。

 

 

めちゃくちゃ要領がいいだろうし、何が起きても慌てない。

 

 

でも、逆に言ったら、もう何も感じないんじゃないか?とさえ思う。

 

 

泣いたり、笑ったり、悔しい思いをしたり、そういう気持ちが完全に無になってしまうんじゃないか?とさえ感じる。

 

 

もし俺が今の人生経験と記憶のまま、生まれ変わることができたら、もう一度、徒歩日本一周したいか?と聞かれたら、答えはNOである。

 

 

なぜなら、もうあの時と同じ気持ちでは旅ができないから。

 

 

あの時と同じ気持ちというのは、つまり、初期衝動。

 

 

この気持ちがないまま、もう一度徒歩日本一周するとなると、ただ業務的にこなすだけで、なんのためにやるのか見えてこない。ほとんど罰ゲームの感覚。

 

今頃になって日本8周目の男を賞賛している俺がいる

では、「日本8周目の男はなんなんだ?」と考えてみる。

 

 

おそらく、ずっと初期衝動中なんじゃないかと思う。

 

 

彼の目指しているものは、日本一周の何周目かのゴールよりもずっとずっと遠くにあって、万人の理解を超えた、彼にしか納得できないところにあったんじゃないのか?

 

 

徒歩日本一周していた時、それが俺には理解できなかった。

 

 

正直、「それ意味あんの?」とさえ思ってしまった。

 

 

旅が終わって、20年以上たった今、ようやく理解が追いついてきた。

 

 

歳を重ねると、自分の個性を出さずに世間体に合わせた方が楽に感じる時がある。

 

 

でも、本当は、世間体よりも自分らしく生きることの方が大切なんじゃないのか?

 

 

人生は一度きり。

 

 

残された人生の中で、どれだけ自分らしく生きられるか?

 

 

人間が10人いたら、10通りの人生があるように、日本一周する人が10人いたら10通りの日本一周がある。

 

 

きっと、日本8週目の男も、毎回違う日本一周を経験しているんだろう。

 

 

世の中のほとんどの人が、毎日同じような生活をして、気がついたら一年が終わってしまうというパターンを何度も繰り返している。

 

 

日本8周目の男は、自分にしか分からない、毎年違う一年を過ごしていたんだろうなと思う。

 

 

すべての人に理解なんかされなくていい。

 

 

意味なんて考える必要もない。

 

 

問題はどれだけ自分らしく生きているかどうか?

 

 

今頃になって、日本8周目の男を賞賛している俺がいる。

 

 

そして、もう一度会えるならぜひ聞いてみたい。

 

 

「今、日本何周目ですか?」

 
この記事を書いた人


大場祐輔 1981年生まれ。

大学在学中にプロレスラーの大仁田厚が「徒歩日本一周」に挑戦したことに衝撃を受ける。 卒業後すぐに「徒歩日本一周」に挑戦。

2003年、東京ディズニーランドからスタートし、毎日平均40キロ以上の距離を歩き続ける。

旅先でお金が無くなれば、住み込みでアルバイトをしながら食いつなぎ、スタートから721日目の2005年3月22日、東京ディズニーランドにゴール。 徒歩日本一周をやり遂げた。

同年11月より日本一周記の書籍化のために奔走。 数々の出版社に原稿を持ち込みを開始し、断られまくる。 

が、それから5年後、出版が実現。 「信じた道がいつか本当の道になるように―ガチで徒歩日本一周721日の旅―(彩雲出版)」を出版。

「俺が断念したことを彼はやりとげた―大仁田厚さん推薦」
今でも絶賛発売中!

 

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