「徒歩日本一周で、何が一番辛かった?」
と聞かれることがよくあります。
そんな時はこう答えるようにしています。
「全部(笑)」
僕、大場祐輔は、東京ディズニーランドから721日かけて歩いて日本一周をした経験があります。著書はこちら→「信じた道がいつか本当の道になるようにーガチで徒歩日本721日の旅ー」彩雲出版
旅をしていて辛かったことはたくさんありますが、全部を書いてしまうと、書く方も読む方も大変なので、その中でも厳選してベスト3にまとめました。それではどうぞ。
第3位「マジで死ぬかと思った」
出発して一番最初に「ヤバイ」と感じたこと。
歩道のないトンネルの中を歩いた時です。
車の運転手もまさかトンネルの中を人が歩いているとは思いません。
トラックが連続して自分の横をスレスレで走り抜けていきます。
クラクションを鳴らされまくったり、何度かはねられそうになったこともありました。
実際にトンネルの中を歩くと分かりますが、トンネルの両端の地面は泥が多いです。
なぜなら、車がトンネルの真ん中を走るので、泥が両端に溜まって行きます。山の中を掘ってトンネルは作られているので、雨や水分がトンネルの形状に沿って流れいき、最終的にトンネルの両端の地面には湿った泥が溜まっていきます。
つまり、その泥がめちゃくちゃ滑ります。
嘘みたいな話ですが、バナナの皮とか普通に落ちてます。
「マリオカートかよ!」(笑)。
他にも乾電池とかも普通に落ちています。
「なぜ?」と思いますが、実際に落ちています。
道路になぜか軍手が落ちているのを見たことがある人は多いと思います。トラックの運転手が落とした、もしくは荷台から落ちたとしたら軍手以外の物も考えられる話です。
トンネル内で滑って転んでしまったら、ほとんどの確率で車にはねられます。
バナナの皮で人生が一発で終了するというのも悲しいです(笑)。
ただでさえ、重い荷物を背負って歩くだけでも大変なのに、雪道を歩くように集中しながら気を抜かずに歩きました。その横でトラックがガンガン通り抜けていきます。初めて歩道のないトンネルを歩き終わった時、こう思いました。
「マジで死ぬかと思った」
旅に出る前、長距離を歩くことは当たり前のように想定はしていましたが、まさかトンネルの中がこんなに危険だとは思ってもいませんでした。
この先、旅で死ぬことがあるとすれば、栄養失調とかではなくトンネルで一発だろうなと考えました。
年末になると道路工事が増えます。「税金の無駄遣い」と言う人もいますが、僕は徒歩で日本一周中にトンネルや狭い道路で何度か死にそうな経験をしています。
道路が広くなることで一人でも命を救うことができるのであれば、決して無駄ではないと思います。むしろ、どんどんやって欲しいと思っています。
ということで、徒歩日本一周で辛かったこと第3位は「歩道のないトンネル」でした。
第2位 見えない相手に猛烈な怒りを感じた
日本一周の旅をしながらネットで発信する人も多いと思います。
僕が旅をしていた当時は2000年代初期の頃だったので、今のように誰でも気軽にネットで発信できるような時代ではありませんでした。
そのため、ホームページを作成して発信するしかなかったので、パソコンに詳しい友達にホームページの作成を依頼しました。
僕が旅をしながらコラムのようなものを書いて、携帯で友達にメールで送り、友達がホームページを更新するという手法をとっていました。
当時は「日本一周」というカテゴリが少なかったので、アクセス数は多い方でした(※現在は閉鎖)。
その結果、「某匿名掲示板」で誹謗中傷をされたことがありました。
当時、僕はこの掲示板の存在をまったく知りませんでした。初めて見た時のことを今でも覚えています。
「この野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおお」という怒りが爆発しました(笑)。
生まれて初めて見た「某匿名掲示板」が、まさかの自分が書かれているやつでした(笑)。
ネットの誹謗中傷は、どのサイトもだいたい書かれている内容は同じなので、どんなことを書かれていたかはここでは省きます。
見えない相手に猛烈な怒りを感じました。
怒りが頂点に達することが分かっているのにも関わらず、また見てしまう自分が嫌でした(笑)。
「どうすれば、このバカ共を分からせることができるか?」
そんなことを何度も考えました。正直、あの頃の僕は荒れていました(笑)。
今振り返ると、これもひとつの経験だったと思います。
毎回読んでいて感じたことは、ただの悪口だったり、揚げ足をとってるだけだったり、本質を理解せずに勘違いしている人も多いということです。
ムカつくことを書いてくる人もいましたが、核心をついた意見には、気付かされる部分もあり、自分自身が成長できるキッカケにもなりました。
たまに「これ、あいつじゃね?」と思う人もいました。自分の知り合いも参加していたりとか(笑)。
実際に書き込みした人に北海道で偶然にも話しかけられたこともあります。会ってみたら非常に良い人でビックリしました(笑)。
ネットでの誹謗中傷を最終的にどうやって克服するか?
「今自分がやるべきことだけにひたすら集中する」
これが一番だと思います。
僕の場合は、徒歩日本一周を達成するというでかい目標があったので、雑魚にかまってる時間はないと頭を切り替えることにしました。
見えない相手に想像力を使っている暇はないので。
気がついたら、誹謗中傷もだんだん廃れていきました。
ということで、徒歩日本一周で辛かったこと第2位は「ネットの誹謗中傷」でした。
さあ、そしていよいよ1位の発表です。
堂々の1位に輝いたのは…(続く)
第1位 とにかくもう痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて(泣)
僕が日本一周の移動手段に「徒歩」を選んだ理由は、単純に日本一周の移動手段の中で一番大変だと思ったからです。
つまり、日本一周の移動手段の中でも最強だと思ったからです。
それまでは、新聞で自転車で日本一周する人を何度か見かけたことがありましたが、「そういうのが好きな人は好きなんだろうな」ぐらいにしか思っていませんでした。
日本一周そのものに憧れたことは一度もなく、これを「徒歩」でやる人がいたら、ものすごい精神力なんだろうなと思ったことが挑戦するキッカケでした。
徒歩日本一周、もしくは同じような歩き旅を経験したことがある人は分かると思いますが、長期間、歩き旅を続けていると確実に負傷する箇所があります。
それは、足の裏の痛みです。
僕はお医者さんではないのでここで詳しくは説明できませんが、せめて体感だけでもお伝えしたいと思います。
足の裏がとにかくもう痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて(泣)
足の裏が地面に触れる度に激痛が走ります。
「痛い」を通り越して、怪我です(笑)。
自分の経験上ですが、歩き続けていたら悪化するだけで治りません。一度歩くことを辞めて長期間休養を取らない限りは治りません。
毎日、重い荷物を背負って長距離を歩き続けることによって、足の裏が耐えられる負担を超えてしまって起こる症状です。
仮にどんなにお金を持っていたとしても「徒歩で長距離を移動する」という選択肢を選んでいる旅をしている以上、この痛みは絶対に避けられません。
この激痛に耐えながら毎日40キロ以上の距離を歩くことは、体力よりも精神力がものをいいます。
「何の罰ゲームだよ!」と思ったこともあります(笑)。
ということで、徒歩日本一周で辛かったこと堂々の1位は…。
「足の裏がとにかくもう痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて(泣)」でした。
まさかの展開でしたね。(どこが?笑)
どんなに足が痛くても、歩き続けなれば旅は終わりません。
それでは、まとめに入りましょう。
まとめ(徒歩日本一周で辛かったことベスト3)
2位 ネットの誹謗中傷(見えない相手に猛烈な怒りを感じた)
1位 足の裏がとにかくもう痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて(泣)
最後に(徒歩日本一周で絶対に口にしてはいけないこと)
「歩いて日本一周するなんてバカじゃないのーキャハハッ」みたいなことを言われたことは何度もあります。
その度に「お前にできんのか?」と口から出そうになったことも何度もあります。
しかしこれは、絶対に口にしてはいけないと思っています。
なぜなら、徒歩で日本一周をしようと決めたのは自分だからです。
誰かにやれとも言われていませんし、誰からも頼まれていません。
自分で勝手にやっているだけだからです。
そもそも自分が挑戦することに他人は関係ありません。
旅をしていると辛いことはたくさんあります。
最後までやり遂げてしまえば、どんなに辛かったこともすべて笑って話せるようになります。
自分で決めた旅だからこそ、楽しいことも辛いこともじっくり味わっていくスタンスが必要なのかなと思います。
『信じた道がいつか本当の道になるようにーガチで徒歩日本一周721日の旅ー』彩雲出版
大場祐輔 1981年埼玉県生まれ。
大学在学中にプロレスラーの大仁田厚が「徒歩日本一周」に挑戦したことに衝撃を受ける。 卒業後すぐに「徒歩日本一周」に挑戦。
2003年、東京ディズニーランドからスタートし、毎日平均40キロの距離を歩き続ける。
旅先でお金が無くなれば、住み込みでアルバイトをして食いつなぎ、スタートから721日目の2005年3月22日、東京ディズニーランドにゴール。 徒歩日本一周をやり遂げた。
同年11月より日本一周記の書籍化のために奔走。 出版社に原稿の持ち込みを開始。
それから5年後、出版が実現。 「信じた道がいつか本当の道になるように―ガチで徒歩日本一周721日の旅―(彩雲出版)」←クリックするとAmazonに飛びます。
「俺が断念したことを彼はやりとげた―大仁田厚さん推薦」