徒歩日本一周【とにかく歩くしかなかったあの頃】

徒歩日本一周【とにかく歩くしかなかったあの頃】 徒歩日本一周

徒歩日本一周の旅をしていた時のこと。

 

その日は、朝から夕方まで50キロ近く歩いて、なんとか目的地に到着。

 

夜、雨が降りそうなので、雨をしのげそうな野宿ポイントを探したが、いい感じに屋根の代わりになる場所がない。

 

雨でテントが濡れることを我慢すれば、どうにか野宿できそうな場所はあったけれど、個人的には「ちょっと、微妙かな…」という感じがした。

 

泊まれそうな宿泊施設もなさそうだし、ここで妥協するかどうしようか迷っていたところ、たまたま出会った地元の人から、ここから約10キロ先に健康ランドがあることを教えてもらった。

 

時刻は18時過ぎ。

 

今からあと約10キロ歩くと、21時前には健康ランドに到着できそうである。

 

健康ランドは24時間営業しているところがほとんどの為、多少、チェックインが遅くなっても入館できるだろう。

 

その健康ランドの場所は日本一周のルート上にあり、明日歩いて通る道筋にある為、ルートから外れて無駄に歩く必要もなさそうである。

 

このまま妥協した野宿ポイントで、妥協した一晩を過ごすか、あと10キロ頑張って歩いて健康ランドの温泉で体の疲れをしっかりとるか悩みどころである。

 

現時点で、すでに50キロ以上歩いているため、ここから徒歩延長戦を10キロ行うには体力的にも精神的にも厳しい。

 

むしろ、早く休みたいのが本音である。

 

俺は大学を卒業してから徒歩日本一周の旅に出た。

 

周りの友達はみんな当たり前のように就職していった。

 

そんな中、一人だけ徒歩日本一周という進路を選んだ。

 

出発日を4月1日にした理由は、就職していった友達がみんな入社式だったから、同じ日にスタートを切ろうと思ったからだ。

 

ふと、夜空を見上げながら「今頃、みんな残業とかしてんのかな…」と思った。

 

なにげに一人だけ働かずに旅をしていることに多少の罪悪感みたいなものは感じていた。

 

せめて自分がやっていることに対して、最低限は胸をはりたいという気持ちから、毎日、自分が持っている最大限の力でベストを尽くすように心がけていた。

 

「残業だと思ってあと10キロ歩くか!」

 

妥協した野宿ポイントを後にして、10キロ先の健康ランドを目指して俺は歩き始めた。

 

しかし、足が痛くて、なかなか前に進まない。

 

毎日、20キロのリュックを背負って40〜50キロは歩いているからといっても、長期間やっていれば慣れるものでもないし、そつなくこなせるようになるかといえばそうではない。

 

足の痛みが日に日に蓄積されていくので、歩き旅の期間が長ければ長いほど、足への負担は増え続け、まるで追いつめられるように辛さは倍増していく。

 

個人的に徒歩日本一周は、体力よりも気力がものをいう気がする。

 

足をひきづりながら、歩道のない道路を一歩一歩進んでいく。

 

街から遠ざかるにつれ、街灯が少なくなっていく。目の前は完全に真っ暗になり、横を通り過ぎる車のライトが一瞬の灯りを照らす。

 

100円ショップで買った懐中電灯では、足元を照らすのが精一杯で、この先がどうなっているかは予測もつかないぐらい真っ暗だ。

 

道路は平坦な道から徐々に峠へと繋がっていった。

 

足にかかる負荷だけが、坂道を登っていることを確認できる。

 

「この状況で坂があんのかよ…」

 

そんな独り言も誰にも届かない。

 

1時間ぐらい歩いた頃、後悔しはじめた。

 

さっきの妥協した野宿ポイントで、一晩過ごした方が、まだマシだったんじゃないか。

 

後悔したところで、ここまで来たら前に進むしか選択肢はない。

 

いい加減、半分ぐらいまで歩いただろう。

 

あともう少し頑張ってみよう。

 

健康ランドの温泉が俺を待っている。

 

そう、自分に言い聞かせながら前に進む。

 

足の痛みも麻痺してきた頃、目の前に懐中電灯を照らすと、ついに健康ランドの看板を発見!

 

「やっと休める…」

 

ようやく着いたと思ったら、健康ランドの敷地内が全体的に暗い気がする。

 

入り口のドアに着くと、容赦なく「本日定休日」のプレートが下げられていた。

 

「やってねーし」

 

現時点で、すでに60キロ以上歩いている。

 

さあ、どうする俺の足の筋肉君。

 

時刻は21時すぎ。

 

今からさっきの街まで戻って、妥協した野宿ポイントで一晩過ごすか。

 

その場合、徒歩延長戦で歩いた10キロが無駄になる。

 

そして、これから来た道を戻ることにより、もう10キロ無駄になる。

 

明日、そこからまた、ここまで歩いてくるのにさらに10キロ無駄になる。

 

結果、合計30キロを無駄に歩くことになる。

 

いっそのこと、定休日の健康ランドの駐車場にテントを張ることも考えたが、モラル的に考えて辞めた。

 

そもそも真っ暗でトイレもない。持っている食料も水も尽きている。

 

そして、何よりも、泊まる気満々で歩いてきたのに今さら野宿する気にもならなかった。

 

ということで、

 

前進あるのみ。(もはや意地)

 

さらに徒歩延長戦は続く。

 

真っ暗な坂道を歩く。何度も車にクラクションを鳴らされながら。

 

もうどれだけ歩いているんだろう。

 

明日から歩けなくなるかもしれないと不安になるぐらい足が限界を超えている。

 

なんで定休日なんだよ…。

 

最初から、贅沢言わずに妥協した野宿ポイントでテントを張っていれば…。

 

ただでさえ、体力の限界の中、飲まず食わずで歩いている。

 

追い討ちをかけるように雨が降ってきた。

 

汗が冷えてきて、余計に寒く感じる。

 

なんかもう、ひとつひとつが泣けてくる。

 

ぐだつきながら歩いていると、ついに峠を越え、徐々に坂道が下りへと変わっていった。

 

その瞬間、遠くの方に無数の光が見えた。

 

街の灯りである。

 

街まで行けばどうにかなるかもしれない。

 

登山なんかと一緒で、頂上が見えてからが意外と長いのと同じように、歩いても歩いてもなかなか街に着かない。

 

もうどれだけ歩いてんだろう。

 

何度も自問自答しながら、ひたすら前進していると、ようやく街の中へと入った。

 

真っ暗で何もない道から、街灯で照らされた光のある世界へ入った瞬間、どこか「ホッ」とした。

 

広めの公園があった。屋根もあるし、野宿するには申し分ない。

 

ただ、今の体調を考えると、宿でゆっくり休みたい。

 

少し歩いたところにビジネスホテルを見つけた。空室があり、チェックインすることができた。

 

コンビニに食料を買いに行き、部屋に戻って時計を見ると、もう少しで日付が変わろうとしていた。

 

なんだかんだで70キロ近く歩いていたのか。

 

倒れるようにベッドに寝そべり、「ようやく長い一日が終わった」と思った。

 

教訓として、

 

夜は歩いてはいけない。

 

早めに寝床を探す。

 

野宿ポイントは、妥協するのが当たり前。

 

念の為、食料と水は多めに持ち歩く。

 

宿泊施設を決め打ちして歩く際は、事前に定休日を確認しておく。

 

今回の件で、いろいろと学びはあったが、その後も、同じような失敗を何度もやらかした。

 

こういうダサい失敗ほど、旅が終わった今でもリアルに思い出せる。

 

逆にその失敗を生かして、何事もなく終わった一日は、あんまり記憶に残っていないものだ。

 

当時は、携帯電話もスマホではなく、ガラケーの時代。

 

「写メが撮れる」ことが最先端だった。

 

ネットができないから、マップやナビもなかったし、当然、宿の予約もできない。

 

今みたいにスマホですべて完結できる時代じゃなかった。

 

持ち歩くのは、おおざっぱな地図だけ。

 

現地で情報収集して、それ以外は出たとこ勝負だった。

 

今なら困ったら「ググる」が当たり前かもしれないが、当時は、「とにかく歩いて前に進む」しかなかった。

 

旅を続けていくことが精神的に辛くなって、数日間、足止めしてしまった時も最終的には歩くことで解決した。

 

答えの出ない悩みは、旅が終わってからゆっくり考えることにして、今は「とにかく歩いて前に進む」ことだけを最優先することで自分を切り替えた。

 

いつまでも悶々と悩み続けて立ち止まっているよりも、逆に前に進んでしまった方が精神的には楽だった。

 

あの頃は、歩くことでほとんどのことは解決できたし、前に進んでいると実感できることが自分にとっての精神安定剤のようなものだったのかもしれない。

この記事を書いた人


大場祐輔 1981年生まれ。

大学在学中にプロレスラーの大仁田厚が「徒歩日本一周」に挑戦したことに衝撃を受ける。 卒業後すぐに「徒歩日本一周」に挑戦。

2003年、東京ディズニーランドからスタートし、毎日平均40キロの距離を歩き続ける。

旅先でお金が無くなれば、住み込みでアルバイトをしながら食いつなぎ、スタートから721日目の2005年3月22日、東京ディズニーランドにゴール。 徒歩日本一周をやり遂げた。

同年11月より日本一周記の書籍化のために奔走。 数々の出版社に原稿を持ち込む。 

それから5年後、出版が実現。 「信じた道がいつか本当の道になるように―ガチで徒歩日本一周721日の旅―(彩雲出版)」を出版。

「俺が断念したことを彼はやりとげた―大仁田厚さん推薦」

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