徒歩日本一周中に千葉県を歩いていた頃、富津岬で出会ったおじさんにこんなことを言われたことがある。
「登山家は、頂上まであと少しのところで行っても、途中で天候が変わったり、体調が悪くなったら山を下りる。引き返すことも一つの勇気なんだ。」
登山に対して無知で、よく分かっていない俺におじさんはこう説明してくれた。
「つまり、死んだら終わりってこと。生きていればもう一度挑戦できる。
君も日本一周中に、体調が悪くなったり、先へ進むことが危険だと判断した場合は、無理をせずに旅を中止して、家に帰りなさい。
それは挫折ではなくて、もう一度、挑戦するために必要な過程なんだよ」
当時、おじさんが何を言いたいのかは理解できたけれど、感覚的にはよく分からなかった。
歩きながらずっと考えていた。
「俺に引き返す勇気はあるのだろうか?」
生まれて初めて「引き際」というものを意識したのは、旅が終わってしばらく経ってからのことだった。
自分はどちらかというと、執着心の強いタイプで、旅の記録を本にするために5年かけて出版社に持ち込みをして本を出したこともある。これ↓
「諦めない」といえば、聞こえはいいけれど、逆にいえば「未練がましい」タイプでもある。
それは、恋愛というジャンルでも同じだった。
「1回、2回フラれたぐらいで、諦めてどうする!」
「まだ俺に1%でも可能性があるのなら…」
そんな気持ちでアタックして、最終的にうまくいったことは何度かある。
ただ、ある日のこと、知人からのアドバイスで「あんまりしつこいと嫌われるよ」の一言で初めて意識したことがある。
「これが、あの引き際か…」
その時、やっと富津岬のおじさんの言葉が感覚的に理解できた。
そこ?
そう、そこ。
もはや、徒歩日本一周とか関係なくね?と思うかもしれないけれど、たぶん、関係ない。
今の世の中、ストーカーという犯罪があるぐらいだ。自分にその気がなくても勘違いされないように「なるはや」で身を引かなければいけない。
自分のようなタイプは執着心だけでなく、本を出版するために徒歩日本一周したぐらいなので、承認欲求も強い方だ。
徒歩日本一周の本を出版した時、読者の方から冒険家方面の道を期待して頂いたこともある。
正直言って、自分は冒険家には向いていないと思う。
間違いなく早死にする自信がある。
なぜならば、純粋に冒険をすること以上に承認欲求が勝ってしまうから。
それと、もうひとつ。
執着心が強すぎて、途中で引き返せなくなるだろうから。
承認欲求が強いから大風呂敷を広げて、いまだかつて誰もやっていないことに挑戦しようとする。
結局、どこにでもいる素人が「生きるか」「死ぬか」のギリギリのチキンレースに挑むことなる。
成功する可能性が低いことや失敗した時のリスクが大きいことに挑戦することは、世間から当たり前のように叩かれる。当然、家族や友人からも同じ反応が起きる。
「何かに挑戦する」ということは、「孤独と戦う」ことでもある。
自分の意思を貫けば貫くほど、頑固に執着心はさらに増していく。
いつしか、大風呂敷を広げてしまった自分に後悔し、最終的に白黒つけなきゃいけない状況にまで追い込まれるだろう。
エベレストで亡くなった栗城史多さんが凍傷で指を9本失った時、お兄さんが殴ってでも止めようとしたが、それでも栗城さんはエベレストに再挑戦したという話があるが、俺にはその気持ちがよく分かる。
自分が同じ状況だったら、それでも行くだろう。
一般的には「死んだらどうすんの?」と思うのが普通だと思う。
ところが、何か大きいことに挑戦して死ねるのならそれも本望だと思ってしまったり、それによって承認欲求が満たされるんじゃないかと考えてしまう自分は、やはり冒険家には向いていないだろう。
エベレスト登山までいかなくても、自分のように執着心や承認欲求が強いタイプの人が何か大きなことに挑戦すると、途中で引き返せなくなってしまい、自滅してしまう可能性がある。
だからこそ提案したい。
「もしも、こういう状況になったら、身を引こう」というものを何かに挑戦する前の段階で最初から決めておいたらどうだろうか。
入口も出口も見えない真っ暗なトンネルに迷い込まないためにも。
それからもうひとつ。
最愛の女性にフラれて絶望したからといって、世の中、他に女なんていくらでもいるということを忘れてはならない。
大場祐輔 1981年生まれ。 大学在学中にプロレスラーの大仁田厚が「徒歩日本一周」に挑戦したことに衝撃を受ける。 卒業後すぐに「徒歩日本一周」に挑戦。
2003年、東京ディズニーランドからスタートし、毎日平均40キロの距離を歩き続ける。
旅先でお金が無くなれば、住み込みでアルバイトをしながら食いつなぎ、スタートから721日目の2005年3月22日、東京ディズニーランドにゴール。 徒歩日本一周をやり遂げた。同年11月より日本一周記の書籍化のために奔走。 数々の出版社に原稿を持ち込む。
それから5年後、出版が実現。 「信じた道がいつか本当の道になるように―ガチで徒歩日本一周721日の旅―(彩雲出版)」を出版。
「俺が断念したことを彼はやりとげた―大仁田厚さん推薦」